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出棺

洗濯機が壊れた。
半年ほど前、一度脱水ができなくなって、修理をしてその場をしのいだのだが、今度は本当に動かなくなってしまった。

我が家は洗濯機置き場が、お風呂の中にある。築30年以上のマンションで、昔はそれがよかったのかしらないが、お風呂場が少し広くなっていて、その端に置くようになっているのである。

当然、シャワーの湯はかかる、風呂に入っている間は湯気もうもうで、洗濯機の液晶の内側に水滴がついている、なんてこともあった。

この洗濯機を買ったのは、7年ほど前。
その日いらい、来る日も来る日も本当によく働いてくれた。
一日に3回、4回まわす日もいっぱいあった。

炊飯器やテレビやらが壊れても、どおってことない。
米は鍋で炊けるし、テレビは見なかったらいい。

しかし、洗濯機はそういうわけにはいかない。
毎日の洗濯物は手洗いできる量じゃない。

一日洗濯を休むと、翌日は恐ろしいことになる‥。
小学生2人と乳児さんが出す洗濯物の量は半端じゃない。
干す場所だって、限界がある。

朝起きて「さあ、洗濯するぞ~」で毎日が始まってたのだ。
いつしか、洗濯機と私は、「戦友」みたいな関係になっていた。

なのに彼女は、突然、うんともすんとも言わなくなってしまった。
「えー、うそでしょ~!頑張ってよ~!!」
と早朝、一人洗濯機に向かって気合を入れたが、全く効き目はなかった‥


昼過ぎになってようやく電器屋さんがきて、錆びてボロボロになったビスをはずして中を開けた。
基盤からボロボロと錆びがこぼれおちた。
‥もう限界、だったのだ。
素人の私でも「もう駄目だな。頑張ってくれてたんだな。」ということがよくわかった。


洗濯機さん。
本当にお疲れ様でした。
でも私はさみしいよ。

新しい洗濯機と一緒に、また毎日頑張るよ。
またコキつかうことになるだろうけど、新しい洗濯機もタフな奴であることを祈るよ。

運ぶ途中で、ぼきっと足まで折れてしまった洗濯機さん、軽トラに乗せられていきました。

私はその後ろ姿に、感謝の気持ちをこめて、深々と一礼したのでした。


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青い宝石

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暖かい日が続く。
三女は、もう外に出たくて出たくて‥。

そんな中、春の日差しをいっぱいに浴びて、おおいぬのふぐりが地面にこぼれたキラキラみたいに、うれしそうに咲いていた。

実咲も、その姿に立ち止まって、吸い寄せられるように眺めている。
しばらく、固まってじーーっと花とにらめっこして動かない。

1歳、初めて春を楽しむ彼女には、なにもかもがキラキラしているんだろう。

まさに、人生の春、そのものを味わっているんだろうな。

日の出とともに朝市へ

日の出が早くなった。
朝目がさめて、「明るい。何時だろ、朝市間に合うかな‥」
とあわてて時計を見たら、6時15分を回ったところだった。

隣の三女を起こさないように急いで着替えて、自転車にまたがり、朝市に向かうと、おいしそうなお野菜、並んでる、並んでる。

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今日は今までの野菜に加えて、新たに「ふきのとう」が加わっていました。
白菜は、なくなってたな。シーズン終わってしまったのかな。

帰りは東にむかって、とろけるように真っ赤な朝日を拝みながら自転車を走らせました。

新駅

家から歩いて3分かかるか、かからないか‥のところに新駅ができつつある。
2年あまりだらだらと続いていた工事、まだ終わりそうにないが、3月15日にはオープンして、この駅から乗り降りができるようになる。

この計画は、もう20年以上も前からうわさされてて、地元住民にとっては、「とうとう‥」と感慨深いものだろうなぁ。

駅ができることによって、街(というか村みたいなもんなんだけど)どう変わっていくのか、この際だから観察して行こうと思う。

しかし、私は今、引っ越したくてしょうがない。
阪急とJRの駅が近くにあって、買い物も子供のおけいこ事も、小学校も、保育所も近い、この環境にあって、引っ越す理由はなにもないんだけど‥。

子供の頃から、親が転勤族だったってこともあって、同じ家に5年以上住んだことがないのだ。
今のところ、6月でまる6年になってしまう。
引っ越さないと落ち着かないなんて、損な性分。

予定もお金もないのに、地元の不動産情報にちょっと詳しくなってたりするのでした。


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初めての‥

三女、初めての外食です。

夫の技術士合格祝いに、家族で回転すし屋へ。

三女は、いつもあまり表情を顔に出さない。

回り行く寿司を目の当たりにして、かなりびっくりしていただろうに、
「ふーん」という顔をして‥その様子に夫と目を合わせて笑ってしまった。


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そして納豆まきと椀子そばをもりもり食べていました。

この日みんなで食べた皿の枚数は35枚。
これからも皿の枚数は増えていく一方なんだろうなー。

ところで夫の取った「技術士」って資格は何ができる人ってことなんでしょうね。
「技術」って・・。あまりに抽象的すぎてよくわからん。

苦節3年、毎夏家族をほっといて(いつもほってるか)試験を受けに行っておりましたが‥。

まあこちらは外食できるなら、なんの理由でも構わないんだけどな。
今後ますますの躍進を期待して、お腹いっぱいいただきました。

from Canada

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初めて、個人輸入というものをした。
英語力があったら自分でやるんだけど、そんなもんどこにもないので、業者に委託して。

輸入したものは、「フローエッセンス」というハーブティーで、これが、癌の特効薬らしい。

近所の大変お世話になってる葉波の同級生のおじいちゃんが、癌になってしまった。

そのことを知る少し前、桐島洋子の「見えない海に漕ぎ出して」という本を読んだ。その中で、インディアンの秘薬、癌の特効薬として1章を裂いて、フローエッセンスの歴史、商品化されるまでの経緯、熱意を持った人たちによるフローエッセンスでの癌治療、そしてめざましい成果を紹介してあって、「ふーん」と心にとまっていたのだ。

桐島さんも、大事な友人を癌でなくし、「こういうことを強引に勧めることのできないたちで、うい遠慮がちになってしまう。もしかしたら人の生命を救えるかもしれないことのためとなれば、もう少しアグレッシヴであってもいいのではないかという反省を込めて」この章を加えた、と書き記している。

私も、いつもお世話になってばかりの、大好きな近所のおじいちゃんのために、少々おせっかいと思われることを恐れず、勇気をもって、まずは1箱、プレゼントしようと思ったのだ。

本当に、これが効いて、悪いものがどんどん体外に出て行って、少しでもお元気で長生きして欲しい。

パパのいないKちゃんの、大事な大事なおじいちゃんなのだ。


朝市

毎週、月曜と木曜の日の出から7時頃まで、線路の向こうの田んぼの脇で、小さな朝市が開かれている。うちのお野菜は、もっぱらそこで仕入れたもの。

歩いて5分かからないところでの朝市、ありがたい。

今日のお買い物は、
白菜、おねぎ、大根、ほうれん草。あと、はっさく。

どれも新鮮でおいしいのだ。

農家のおじちゃんおばちゃんたちが4~5人でてくれているのだが、みんなもう70はゆうに越えているだろうお年に見える。

それでも、真冬のどんなに寒い朝も、真夏のどんなに早い日の出のときも、おいしい野菜や、漬物や、季節の花や、かき餅なんかをならべて市を出してくれている。
ほんとに偉いや。

毎週のように通って、だんだん顔見知りになると、お茶やら甘いものなんかを出してすすめてくれる。子どもを連れて行ったら、必ずどら焼きやらおかきなんかを持たせてくれる。
うーんほのぼの。

しかし、その朝市の目と鼻の先にJRの新駅(島本駅)ができ、この3月15日にオープンする。
人の流れもだいぶ変わるだろうし、後継者のいない、おじちゃんおばちゃんの畑や田んぼは不動産屋の格好の餌食となるに違いない。

昼にその辺を歩くと、景色に不似合いな、背広にアタッシュケースを持った男や、○○建託、なんてロゴの入ったジャンバーを着た男らがうろうろしているのをよく見かける‥。

便利になるのはありがたいんだけど、おじちゃんおばちゃんの畑は守ってくれたら‥
そのうち、野菜つくり、私が弟子入りさせてもらえないかと、いつも考えてしまう。
三女が畑の脇で遊べるようになったら、ね。

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(朝7時前、台所のテーブル)

おひなさま

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今日はひな祭り。
ミョーにハイな子どもたちと、散らし寿司とフルーツポンチを食べました。
清まし汁は、ハマグリ高かったので、お豆腐に絹サヤ浮かべたのでごまかしました。

おかえり~

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長女と夫が、ボーイスカウトのスキー合宿より帰ってきた。

長女はすべるコツがかなり分かって来たようで、「またいく、すぐ行く!」と帰るなり言っている。
夫も普段の激務をぬっての参加だったので、体力的にどうなることかと思ったが、まあまあすっきりした顔をして帰ってきた。

後ろにでかいザック、前にデイバックをしょって、駅から二人よいこらと歩いて帰ってきた。
けっこう目立っただろうなぁ‥‥


合宿に行く日、夫は朝7時出発にもかかわらず前夜1時に帰宅。
そして、「向こうで仕事できるように完璧に用意してきた。」
とのたまい、風呂に入る。風呂よりでて自室の椅子に座るなり、
「しまったー、大ピンチ。」の声!
なんと、その向こうでの仕事に使うノートパソコンのバッテリーを会社においてきたそうな。
それがないと、パソコンはあと1時間ほど作業したら、電池切れでウンともスンとも言わなくなる‥

「‥あほちゃうか」

「会社にとりに行くわ」
といっても時間は2時過ぎ。電車もとまる、丑みつ時。

「とりあえず1時間寝る。3時におきて車で行くわ」
と布団に横になり、一瞬で眠りに就く。そりゃそうだ。最近ホントに寝てないから。

その後3時に携帯の目覚ましがやかましくなり、「おい!」と声をかけて、次に私の目が開いたのが5時。まだ寝てる~~~。

「5時やで!」と声をかけると、「あぁ」と寝ぼけ眼で着替えてあわてて出て行く。
これから大阪の端っこから梅田中津の会社まで、カーレースかい‥。
間に合わなかったら、あきはが、かわいそう。
朝食のおにぎりをつくりながら、用意をしながら祈るような気持ちで待つこと2時間弱‥
6時50分に帰ってきました。
彼のこと、当然スキーの用意もそれからで、集合になんとか滑り込みセーフ。

そんなまでして持っていったパソコンで、向こうでどんだけの仕事ができたのでしょうか。


どうせ自分でしないので、「かびるのはやだなあ」とスキーウエアを干してやろうとおもったら、着て帰ってきた以外のウエアのズボンと手袋がない!どこにもない!
どうせまた宿舎においてきたに決まってる。

あーもうやだ‥

プレゼント

三女実咲は、最近公園に行くと、必ず何かを見つけて私に渡してくれる。
ちょっと恥ずかしそうに。でもうれしそうに。
今日は公園に落ちていた小さな小石。

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そのたびに私は、いつもある本の中のエピソードを思い出す。
その本の著者は、フランソワーズ・ドルト。フランスの精神科医。ラジオ番組で母親たちのよきアドバイザーとなり、「ドルトおばさん」と慕われていた、らしい。

彼女の本
子どもの無意識
の中に書かれているエピソード。
彼女は、子どもの精神療法に当たる際、なにかしら子供からの支払い受け取る、というルールを自分に課していたそうだ。そして子どもは、そのルールをかなりきちんと理解できる。大人たちが思っているよりずっと。
そのルールを果たしたもっとも小さい子供は、なんと生後9ヶ月の女の子だった。
その子は、母親と離れ乳児院に入れられていた。数ヶ月前から体重も増えず、目の輝きも失って、生きることを拒むように受け取れる様子だった。そんなとき、3人の婦人に付き添われて彼女のもとへとやってきたのだった。

その子は、その後ドルトに教えてもらった通りに、次回の面談の前夜から、乳児院の庭の小石を握り締め、ドルトに渡すべく用意していたのだった。
この本をはじめて読んだのは12年ほど前になるだろうか。
私はひどく感動して、「どんな小さい子にも誠意をもって接するべきなんだ」と気づかされた。
(実際、自分が親になってみると、それはそんな簡単ではないことがすぐに理解できる)

実咲が私に小石を渡してくれるたびに、そんな話を思い出す。

そして、普段あまり発話のない実咲の、「いつもありがとう」が小石という象徴となって目の前にあるようで、手の中でいつまでもぐるぐると回し遊んでしまうのだ。

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プロフィール

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Author:ita-j
板坂 淳子(山本 淳子)
1974年生まれ
関西在住

家族 夫と3人の娘

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